現在、人類が人工的に発生可能であり、かつ制御性が良く物性測定に使える磁場の上限は1200Tです [1]。このような強磁場であっても、磁場が物質に及ぼすエネルギーは物質を支配する様々な他のエネルギー(クーロン相互作用、電子格子相互作用、スピン間相互作用など)と比べて小さいため、磁場効果は通常、既存状態に対する摂動として扱われます。一方で中性子星の中では1億テスラに及ぶ磁場が存在すると考えられています [2]。このような極限的強磁場下には、どのような物質の世界があるのでしょうか。ある種の半金属や半導体では人工的に発生可能な磁場領域において、こうした「極限的」強磁場下の世界を擬似的に再現することができます [3]。

 もっとも単純な物質として水素原子を考えると、電子は陽子のクーロンポテンシャルにより13.6eVのリュードベリ・エネルギーで束縛されています。電子の軌道運動に対する磁場効果がこのリュードベリ・エネルギーを凌駕するには235,000Tの磁場が必要です[4]。一方で半金属であるビスマスの電子・正孔系を電子・陽子系と比較すると、リュードベリ・エネルギーは約100万分の一、磁場効果は約100倍になります。つまり60Tの磁場下でビスマスの電子状態を調べることは、60億Tの磁場下で水素原子を調べることに相当します。このような強磁場下では電子相関の効果が増強され、その結果として電子正孔対によるBCS/BEC状態の実現などが期待されています [5]。

 このような磁場増強効果はゼロギャップ状態近傍にあるトポロジカル半金属の顕著な磁場応答の起源にもなっています。ディラック/ワイル電子系などの物質群において、強磁場下で電子相関効果が増強された場合にどのような量子相が実現するでしょうか?私たちは、このような「極限的」強磁場下における物質の新しい世界を探求しています。

参考文献

[1] D. Nakamura et al., Rev. Sci. Instrum.
[2] M. Ruderman, Phys. Rev. Lett. 27, 1306 (1971).
[3] 「物理学最前線2」、倉本義夫、共立出版、(1982).
[4] “N. Physics of Semiconductors in High Magnetic Fields”, N. Miura, Oxford University Press, (2008).
[5] E. W. Fenton, Phys. Rev. 170, 816 (1968).

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